村上春樹さんの小説を読むと、独自のワールドに連れてかれるような感覚があって好きです。独特の文体のため、しばしばネタにもなりますよね。そしてそのネタも好きなわけですw
最新(?)のでいうと、PPAPを村上春樹風にしたこれは秀逸。知らない方は是非。
→もしも村上春樹が『ペンパイナッポーアッポーペン』を書いたら→それっぽ過ぎて爆笑「会社で読むんじゃなかった」
村上春樹風にギターネタは作れないのかと思いました。なので、これは村上春樹風に書いてみること自体が目的なので、そういう意味では不自然なのですが、まあトライしてみました。
まさに駄文というに相応しいので、余裕のある方のみどうぞ。
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東京に着いたとき、僕のやるべきことは一つしかなかった。楽器屋に行くこと。それも今すぐに。
「いらっしゃい」
くたびれた階段とドアと同質化したような、くたびれた声が無感動に投げかけられた。
無視するのも悪いと思ったから、僕はあいまいに頭を下げた。
僕はある時を境に、あらゆる機材と自分との間にしかるべき距離を置くことにしていた。僕は安っぽい緑に塗られたチューブスクリーマーのJRC4558Dオペアンプや、ケンタウロスの尻尾が長いか短いかとか、そんなものをきれいさっぱり忘れて、手放してしまうことにした。
最初のうちはそれでうまくいくと思った。ただどんなに忘れようとしても、なにかぼんやりとしたかたまりがあった。時がたつにつれてそのかたまりは、はっきりとした形をとりはじめた。僕はそのかたちを言葉に置き換えることができる。それはこういうことだった。
エフェクターはアンプの対極としてではなく、その一部として存在している。
「何を探しているの?」
不意に僕の後ろのほうから、このくたびれた楽器屋とは対極にあるだろう溌剌とした声が聞こえた。さっきの疲れた店主、正確に言うと僕が店主だと思った男性ー のものではなかった。もっと言うと男性ですらなかった。スラリとしたショートカットの若い女性が立っていた。
「わからない」と僕は言った。
「あなた、エフェクターを探しに来たのよね?それともギター?アンプ?うちが楽器屋だって知ってるのよね?」
彼女は矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。
爽やかなマシンガンなんてものが、もしこの世の中にあるとしたら、それは彼女のことだろうと思った。
僕はあっけにとられながら、どの質問から答えるべきか考えたが、結局最後の質問からはじめることにした。「知ってるよ」と僕は答えた。
彼女は満足げに微笑んで言った。「そうだと思ったわ。じゃあこれね。」
ガラスケースを、慣れた手つきで開けると、一台のエフェクターを僕の前に差し出した。
僕は、ああ、ともうん、とも言えないようなことをもごもごと言って、その場に立ったままでいた。
「弾きたくないの?」
「本当にわからないんだ。その、、、つまり、変に聞こえると思うけど」
「試奏しに来たんじゃないの?」
「コーヒーを飲みに来たんじゃないよ。」
ふうん、と言って彼女はすこし考え込むように見えた。やがて珍しいものを見るかのように僕の目をまっすぐに覗き込んで言った。
「あなたって変わってるわね。背中にギターケース背負って楽器屋さんに来てるのに。」
「ギターは好きなんだ」
「わかるような気がするわ」
と、彼女は言った。僕がその言葉の意味を本当に理解したのは、ずいぶん後になってからのことだった。
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次の土曜日に、僕はくたびれた挨拶の代わりに、ロン毛の男性の気だるい挨拶に迎えられて店に来た。それでも、彼女は変わらずに溌剌としていた。
そして我々は試奏をした。多分、試奏と呼んでいいのだと思う。それ以外に、なんて言えばいいのかわからない。
試奏の合間に彼女は僕にこんなことを言った。
「私がここのお店で働いてるのは、うちの学校から誰もここに来ないからなのよ。」
笑いながら彼女は続けた。「普通はもう少しおしゃれなカフェとかで働くのよ、わかるでしょ?」
このお店が似合ってるよ、と言おうとしてやめた。ひょっとしたら彼女が傷ついたり、気分を害してしまうかもしれないと思ったからだ。本当はそんなことで気分を害したりしないのもわかっていた。でもとにかく僕は言わなかった。
「ね。それでどう?気にいった?」
一体自分がこのエフェクターをどう思うのかさっぱりわからなかった。ニーチェやドフトエフスキーや村上春樹を読んだが、それらの本を読んでも答えは見つからなかった。
僕はそんな気持ちを彼女に正直に話そうとした。彼女なら僕の考えていることをある程度正確にわかってくれるんじゃないかという気がしたからだ。しかしそれを表現するための言葉が見つからなかった。
「私、これ結構気に入ってるのよ。なぜだかわかる?別にあなたが聞きたくないならいいけど。」
「聞くよ。」と僕は言った。
結局そのエフェクターは買わなかった。その代わり、僕は店を出て最初の公衆電話にありったけの十円玉を押し込んだ。
僕は気づいた。本当に必要なもの、本当に求めているものを取り返さなくては。
もう一度君と演奏したい。
世界中で君以外に必要なものはない。何もかも最初からやり直したい。と受話器に向かって言った。
しばらく沈黙が続いていた。まるで世界中のYシャツにコーヒーがこぼれて黒く染まるのを待つかのようなそんな沈黙が続いた。やがてそれから電話口の男性が口を開いた。
「中古楽器の◯◯◯ですが、お客様、いまどちらにおいでですか?」
僕は今どこにいるのだ?
僕は受話器を持ち上げたままぐるりと辺りを見回した。僕はどこにいるのだ?どこかにいることは確かだか、それがどこなのか全く見当もつかなかった。僕はどこでもない場所の真ん中から、すいません、買いもどします、と叫び続けていた。
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