昔のドラマと今のドラマの違い 〜ロッキー4を観て〜

3月くらいから、子供たちの学校がなくなったこともあり、夜多少、遅くまでおきてるようになりました。

それで、毎晩のようになんかしら「往年の名作」を観て過ごすことが多くなりました^^

 

で、ちょっと前に、「ロッキー4」を観たのです。

 

 

 

 

子供たちもロッキーシリーズは楽しく観たのですが、一つ気づいた。

 

 

ネタバレなので、もしもまだロッキー4を観てなくてこれから観たい!という人は引き返してください。もうだいぶ昔の映画なんで別にいいかなと思いつつ一応。

 

 

 

 

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いや、そのアポロがドラゴに試合中殺されてしまうじゃないですか。強烈なパンチを喰らって。

 

その前に、アポロが「なにがあってもタオルは投げるな!」とセコンドのロッキーに言います。

とはいえ、滅多打ちにされるアポロをみて、ロッキーはタオルを投げようか迷います。

トレーナーは「タオルだ!」と叫んでいます。迷うロッキー。

 

 

そうこうしてるうちに、ドラゴの強烈な連打!

結果、、、ロッキーはタオルを投げず、アポロは亡くなってしまうわけです。

そしてお葬式でロッキーは亡き親友を送り、ドラゴ戦になみなみならぬ決意で挑むことになります。

 

 

なんですが、

 

これ、、、

 

 

今の海外ドラマだったら、こういう展開にならないと思った。

 

 

今の海外ドラマだったらまず、ロッキーは自分を悔やみまくります。

 

「アポロが死んだのは俺のせいだ」となって、酒浸りになるパターン。

酒浸りにならずとも、とにかく自責の念にかられまくり、当然、お葬式にも出席できない系になります。(遠くの木の影から参加になり、誰かが気づくと去っていくことになる。その際はサングラス着用。)

 

そのうち周囲が「お前のせいじゃない」というのですが、誰がなんと言っても、しばらくクヨクヨする展開になるのです。

ここ10年くらいの海外ドラマは、自己責任感が強すぎるというか、なんでもかんでも自分のせいにするキャラが多いのです。

そりゃあもう相当、自分のせいにします。

 

 

 

しかしロッキー4は違う。

 

映画中でロッキーはタオルを投げなかったことなど、これっぽっちも省みません。

お葬式にも堂々と出席します。

 

アポロが亡くなった悲しみは、純粋に次なる戦いへのエネルギーに転嫁され、毛ほども逡巡しない。

誰も「お前がタオルを投げなかったからだ!」などと言ってロッキーを責めたりしません。

 

 

 

硬派だ。

 

 

とても硬派だ。

 

 

 

今の海外ドラマだったら、相当長い間クヨクヨしてるのに、そこはまったく気にしないロッキーはとても硬派です。

アポロは自ら望んで戦った末の結果だからそれでいい、というすっぱりとした割り切り。あとはヤツを倒すだけというシンプルな美学。

 

 

 

80年代90年代の映画を連日みてると、昔の映画とかドラマって、コンプライアンス観念が今と違うので、結構残酷だったり、あっさりひどいことが起きたり、今と比べるとびっくりするような描写・演出も多いですね。

 

どっちがいいというわけでもないのですが、一つ言えるのは、間違いなく硬派だわw

 

 

海外ドラマ大好きなんですが、どうも「悪いことは全て俺のせい。神羅万象すべては俺のせい」というノリに知らず知らずのうちにストレスが溜まっていたようです。ロッキーのあっさり具合、これは決して深みがないと言ってるのではありません。物事の捉え方があっさりしてる具合に、なんというか清々しさを感じたのでしたw

 

 

 

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