一つ階段あがったと感じた稽古68回目

68回目

打って勝つな、勝って打て、と言われるように剣道では技前の攻めが重要なわけですが、自分なりにここのところでの理解が深まり、ぽんと一つ階段をのぼったような感覚があります。

「攻め」の理解にも非常に沢山の段階があるとおもうのですが、今回、一つレベルアップしたのでは?と感じたのは竹刀の死活みたいなところで、今までは感じ取れなかったものがわかるようになり、その結果として攻めが少し良くなったかなと自分では思いました。

この理解の最初の一歩を覚えています。超強B先生が他の方と稽古してるのをみて、はっとしたのです。さがしてみたらこの記事でした。

2021年12月の記事なので、10ヶ月くらい前ですね。

この記事では身体の位置取りについて主に書いていますが、重要なのはそこではなくて、「打つ前から相手の上に乗ってるように見える」という気づきでした。

この相手を制してる状態への気付き、ということについて次の稽古の記事で書いていました。こっちのほうが今回のテーマについて直接的に書いてますね。

このときから、竹刀の鎬を使うことを意識し始めたように思います。

この52回目の稽古の記事で書いてあることをこの10ヶ月あれこれ工夫していたわけですが、昨日の稽古でようやくひとつまとまった形で習得できたかなと感じました。

といっても、超強A・B先生には相変わらず全く通用しないのですが、他の先生方との稽古ではかなり変化があります。

相手の竹刀を殺せている場合、相手を制している場合は、相手の技の起こりがよりわかりやすいし、気持ちのゆらぎみたいなものも見えてくるような気がします。

打間の緊張感の中でもお相手の集中力がふと緩んだな、と感じることがあり、その瞬間にすっと入っていくと、用意に完全に制してる状態を作れるので、そのまま面がすぱんと決まります。基本打ちのように打てるので、身体も前にでて自然に打った後も抜けていけて良い感じです。

このように相手が一瞬でも緩んでくれると楽なのですが、そうでない場合はしっかり制しないと行けないのでそこを頑張っていくわけです。うまく追い詰めて(間合いという意味ではなく)、十分な状態から飛び込み面が決まると非常に嬉しいです。

以前はこの攻めが効いてるのかどうか、というのが全然わかりませんでした。

今もイケルと思っていったらパカッと打たれること多数なので、わかっているとは言えませんが、ぼんやりとは見えてきたかなあ、という感じです。

さて、強い相手にはこの十分な状態が作れませんので、それをどう作っていくか。左足の使い方に課題を感じておりまして、あれこれ試してみたいと思ってます。

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