先日のスタジオ遊び &「わたしたちが孤児だった頃」感想

この記事は4年前の記事です。当時の情報、理解に基づいておりますのでご留意ください

 

今週火曜日にゆーすけさんとスタジオ遊び

 

BEとシロスケともう一本を持ち込みました。

 

 

 

 

ゆーすけさんTak Paulを弾くゆーすけさんの図。

 

ピックアップがBR-PAFに交換されたということで、以前弾かせていただいた時と印象が異なっていました。

 

BR-PAF搭載のゆーすけさんギターは、

明瞭で、音色自体も素直な感じが良い。

 

現在、99レモンについているボグナーピックアップが香辛料ふりかけまくり、、、は言い過ぎとしてもかなり音を作ってくる感じのPUだと思うので、随分と違って聞こえました。

 

パワフルだとその場では言いましたが、なんとなく思い返すとパワフルというよりは、伸びやかとでもいうのだろうか。「パワー感」で比べると99レモンのボグナーPUのほうがありそうな気はする。でもBR-PAFの音色の存在感の強さはパワー感というより、カラッとドライな感じで伸びてくるところから来てたような気もする。

 

かなり歪ませても、分離感が良い。ハイパワーPUでもないし、かといってローパワーでもない?

 

どちらかというと、ヴィンテージ方向でローパワー側な感じもするのですが、例えばThrobakなどに比べると低域が締まっている。Muleとかでも感じたのですが、オールドPAF系PUなどややローパワー系PUにある低域のスイートさ、ちょっとかすれる・割れるような感じがBR-PAFは薄くもっとタイトな感じがした。

 

低域のスイートさ、かすれ感・割れ感みたいなのは、裏を返すと、低域がぐずつき、音色の濁りに繋がる要素でもあるとおもいます。低域がタイトだとモダンな音色な印象になるのですが、BR-PAFをさしてモダンな音色のピックアップ、と言えるかというとちょっと違うような。。。

 

モダン、、、とは言えないけど、もろにヴィンテージ系でもなさそうな。

 

そこで、今日のところは

BR-PAFは「ヴィンテージ系モダン風」だという謎のまとめで逃げたいと思いますw 

 

BR-PAFを自分のギターに積むなら、モカ(モダンイーグル)がいいかな?とちょっと思いました。

 

 

もっとも、アンプがBEだったので、そもそも歪ませても低域は絞まってるし、分離も良い。そういう意味では、また別のアンプでも試さないといけないですね。

 

 

 

さて、これらも面白かったです。

真ん中のFixed Wahも面白いもんですね。効果的に使えば、非常に目立つこと間違いない。

 

一番奥にあるオーバードライブがすごい良かったです。

自分としてはゲインは10時〜12時くらいのクランチが好きでした。特にストラトとの組み合わせがめっちゃ良かった。

 

この時、BEはクリーンチャンネルにしていました。あるいは弱クランチセッティングのプッシュに使いました。

 

アンプ単体のクランチよりも明らかに音が太く、芯の強い存在感のあるクランチなりました。

歪み量は変わらなくてもサスティーンが長い感じにもなり、弾きやすくなります。

 

まあつまりはコンプレッションかかってるということなんだろうと思いますが、明らかにペダルありのほうが好きな音でした。

 

歪みをプッシュする方向でも使えましたが、まあBEで歪ませていくと、それをペダルでプッシュしてもペダルの個性とかあんまり感じない。がっつり歪ませるならアンプだけでいいかなという印象。

 

 

 

 

カズオ・イシグロ「わたしたちが孤児だった頃」読了

 

 

カズオ・イシグロモードに入り、前に読んだ2冊を完了したので、初見のこれにいった。

 

・・・面白かった。

 

ぐいぐい読んであっという間に読み終わりました。読み終わったの火曜日かな?水曜日かな?

 

 

しかしなんというか、これまた、不思議な読書体験です。

 

 

普通に面白い感じでグイグイいって、中盤から徐々に世界が歪みはじめ、え?これなに?どういうこと?ま、まさか・・・?とざわざわしてたら、後半になって歪みが収まって何事もないように終焉していく。

 

 

なに?なんなの?

 

というわけで、すごい面白かったんですが、1回目では咀嚼不可能。

近日中に2周目に突入する必要があるでしょう。

 

あの歪みはなんだったのか・・・?

最初におもった解釈は物語後半のまとまりによって否定されてる感じではあるものの、それも含めてそもそも初めから信用できない?それとも単に後半は落ち着いてきただけ?つまり歪みとかじゃなくて、クリストファーの心情としてあの時はそういうモードだっただけ?

 

まあ、ネタバレしないように感想書いても、読んでくださってる方には抽象的すぎて意味わからんですねw いろいろ言いたいんですが、我慢。

誰か読んでください。語り合いたいですw

 

さて、これで、カズオ・イシグロの長編4作を読んだことになりますが、やっぱり「充たされざるもの」が格別に変態的だと思う。

 

 

他の三作は、実に素直に普通に読める。

 

「充たされざるもの」は、もうドストエフスキーみたいな感じで、とにかく長すぎる。それに遠いとおもったらすぐ目の前だったり、夜かとおもったら昼だったり、他人かとおもったら家族のようだったり、とにかくシュール。面白いんだけど、読むならある程度まとめて読んでしまわないと迷子になります。2〜3日おきにちょっとずつ読む、とかじゃなくて、毎日読んで一気にかけぬけないとわけわからなくなるw

 

ただ、これも読み直したい。2周目には1回目にはわからなかった面白さをもっとたくさん発見できるに違いない。

 

amazonみてたら、2015年に10年ぶりの長編最新作がでてるんですね。「忘れられた巨人」というタイトルで、アーサー王の世界での話らしく、これまた、突拍子も無いところに飛んだな、という感じですが、楽しみです。

 

デビュー作である「遠い山なみの光」「浮世の画家」もまだ未読なので、どっち先に行こうかな。

 

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